Nomugi Summer Festival 第26回のむぎ夏祭り <横浜市青葉区>
7月20日、暑気払い散歩のあと、桜台公園で休憩しようと桜台公園を訪れた。
公園の広場で、なにやら催しの準備をしている。
寺家町にある「のむぎ」の夏祭りを、ここで催すようだ。
「第26回のむぎ夏祭り」とある。
公園の丘の上で休んでいると、グループに出会った。
コーラスグループ「新百合ハーモリーブス」の皆さんと出会う
https://hamabra2.seesaa.net/article/201407article_74.html
練習が終わり、会場へ向かったので、私も夏祭りに参加(見学)するため、広場へ降りた。
和太鼓演奏が始まっている。
初出演だそうだ。
観衆
ママを見守る法被姿の子どもたち
展示ブースを見学
展示ブースにいた人が「平和のバラ園」について説明してくれた。
以前、私もバラ園を訪れ、写真撮影している。
のむぎ平和のバラ園
http://masaji.at.webry.info/200811/article_75.html
説明してくださる方は、「のむぎ」(NPO法人のむぎ地域教育文化センター理事長の樋口義博さんだった。
奥様と二人で1982年(昭和57年)に設立されたそうだ。
最初は川崎の自宅、その後、横浜市青葉区寺家町(現在の場所)に移った。
「のむぎ」命名の由来を質問したところ、『この本に出ています。』、と一冊の本をくださった。[後述]
先ほど出会ったコーラスグループのステージが始まった。
樋口さんが、『あの中に一人「のむぎ」出身者がいますよ』と教えて下さった。
あれっ、先ほどあったときより一人増えている。
新百合ハーモリーブスの演奏
蛇皮線とハモニカのデュエット
樋口優子(ゆう子ママ)さん
椅子に座っている人に割りこみ、知り合った古川さんと山下さん
(別れた直後に名前を失念した。最近は何事も、すぐ忘れてしまうことが多い。)
山下さん(写真右側)が、
『庭にある柿は、近所の人たちが美味しいと言っているので、十一月に遊びに来てください。』
犬の散歩をしていた近隣の奥さんが、今朝、脱皮直後のセミを撮ったと見せてくれた。
『アブラゼミかな?』と言うので、
『まだ、アブラゼミは啼いていない。恰好から多分、ヒグラシでしょう。』と知ったふり。
灯籠に灯がともった。
幻想的な光景
長居したので副代表の樋口優子(ゆう子ママ)さんに挨拶した後、会場をあとにした。
しばらくして、青葉台駅からバスに乗車しようとしたとき、ゲリラ豪雨が襲ってきた。
夏祭り会場は、戦場のように大騒ぎだろう
この日は、良い出会いがあった。
夏祭りは、人との出会いの機会を与えてくれる日本の文化だ。
2014年7月20日
横浜市青葉区桜台
桜台公園
関連
のむぎ地域教育文化センターHP
http://www.nomugi.com/
<のむぎ>命名の由来
<のむぎ>は、山本茂実の名作「あゝ野麦峠」からとったものです。これは、ひぐりん(以下、義博については、その高校教師時代に生徒たちからもらったニックネーム「ひぐりん」を使わせていただきます)の田舎の長野県諏訪地方を舞台にした製糸工女の話でもあり、ひぐりんは高校教師生活二十一年の中で、子どもたちに<のむぎ>の生きざまを学んでほしいという願いを込めて、学級通信「野麦」を毎年百号以上出し続けてきました。その数は通算二千号近くにのぼりました。
ところで、野麦とはどのような植物でしょうか。麦と関係があるのでしょうか。ノーです。麦とは全く関係のない、山へ行けばどこにでも目にすることのできるあの大きいササ、つまり熊笹のことなのです。それがなぜ野麦とよばれるようになったのか、「あゝ野麦峠」によると、それにはつぎのような言い伝えがあるのです。
昔、人べらし、口べらし、間引きなどと悲しい言葉の残る貧しい農村では、一〇年に一度は大変凶作が襲ったといわれています。そのような時に、なぜか野麦は必ず笹に実をつけたというのです。農民たちは生きる極限の中で、その実をとって粉にし、それで団子を作って飢えをしのぎ、力強く生きぬいていったのです。「会津磐梯山」という民謡の中で、〽エイヤー、会津磐梯山は宝の山よ、笹に黄金が……、と唄われる笹が、この野麦なのです。
マニュアルを捨てた先生と生徒たち 樋口義博・樋口優子著より
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